尾崎 紀夫 スペシャルインタビュー

スペシャル対談 スペシャル対談

新しい疾患概念の構築が必要。

舟橋私たちが治療を行っている「心の病気」ですが、私の印象では最近は統合失調症がすごく減ってきて、発達障害が増えていると感じています。また、昔は“気分障害”とひとくくりにしていた概念が無くなってきて、“双極性障害”と“うつ病”に分かれています。岩田先生は、これから「心の病気」は、どういった疾患が増えていくとお考えでしょうか?

岩田厚生労働省の統計を見ると、実は統合失調症も減ってはいないですね。平成26年の統計では統合失調症の患者数は77万人ぐらいで、平成11年は66万人でしたから、増えているのが現実です。しかし、私の印象で言うと、病院で長期入院する方や急性期で非常に困る患者さんは明らかに減ってきたと思っています。おそらくは、精神科のクリニックが増えていて、かなり早い症状の段階で対応しているから重症化する人が減っているのでしょう。

これは僕の推論ですが、統合失調症の発症年齢は若い世代ですから、基本的には発症する率は変わらないとすると、少子化による18人口の減少によって統合失調症の患者さんは日本においては一気に少なくなっていくのではないかと思っています。そして、発達障害が増えてきたように感じるのは、まだはっきりはしていませんが、養育環境、特に幼少期の養育環境が大きく変わったことが原因じゃないかと考えられています。以前は3世代で子育てを行い、地域の人が入って子育てする環境でしたから、お母さんたちが孤立することなく、子どもたちを育てることができました。しかし、今は核家族化して子どもが産まれると、本当に赤ちゃんと二人きりで、周りの人たちの援助が無い状態で育てないといけない人が増えています。そういう環境要因が影響している可能性についても今後議論が必要です。

舟橋なるほど。確かに、子育ての状況は変わってきていますね。

岩田それに加えて、社会の構造が大きく変わっていく中で、発達障害がクローズアップされつつあることも、発達障害が増えている印象につながっていると考えています。

舟橋現在は“気分障害”と言う概念がなくなって、“双極性障害”と“うつ病”という全く別個の概念になっていると思いますが、“気分障害”という概念が無くなってしまったことについては、どうお考えでしょうか?

岩田“うつ病”と“躁うつ病”は明らかに違う病気だろうと私たちは考えていますので、“うつ病”や昔は“躁うつ病”と呼ばれていた“双極性障害”を同じカテゴリーで考えなくてもいいのではないかと、私も以前から思っていました。そして、“統合失調症”と“躁うつ病”は別の病気かと言うと、どちらかと言うと“躁うつ病”と“統合失調症”の方が近くて、“躁うつ病”と“うつ病”の方が遠いですね。ですから、今は「新しい疾患概念をもう一度構築すべきではないか」という考えが世界で巻き起こっています。日本でも非常に影響力を発揮しているアメリカの診断基準であるDSMは、実はアメリカではもう「便宜上使う物」という考えに一致しつつあり、「新しい精神医学を生み出そう」「新しい診断基準を作ろう」という機運が非常に高まっているのが米国の状況です。その一方で、日本ではアメリカの診断基準に対する批判も無く、「新しい診断基準を作っていこう」といった機運もありません。そういう意味で、日本は非常に立ち遅れている状況になりつつあるのではないかと思います。「精神疾患は何なのか」という命題は精神医学の基本問題ですから、未だに解決されていませんし、逆に言えばそれに挑戦していくことが精神医学を前進させることにつながると思います。

藤田医科大学 医学部医学部長
医学部精神神経科学教授

岩田仲生

プロフィール

1989年名古屋大学医学部卒業、1993年医学博士取得。
1994年名古屋大学医学部付属病院精神科医員、1996年米国National Institute of Health Visiting Fellow。帰国後、1998年より藤田保健衛生大学(現藤田医科大学)医学部精神神経科学講師、2002年助教授を経て、2003年より同大学医学部精神神経科学教授に就任。
2011年同大学副医学部長、2011年学校法人藤田学園 理事長席付補佐に就任。
2012年藤田保健衛生大学病院(現藤田医科大学病院) 副院長、2015年同大学医学部 医学部長、2016年同大学 副学長に就任。
日々、研究と診療に精進されており、その研究は世界的評価を受けている。特に、精神医学一般、臨床精神薬理、気分障害の短期精神療法(認知行動療法、対人関係精神療法、短期力動的精神療法)、統合失調症の総合的治療・リハビリテーション、臨床遺伝医学などを基盤として、様々な疾患への総合的治療に対応されており、精神科の新しい治療展開を模索されている。